エミール・ガレ 蜻蛉文脚付杯
吸い込まれそうな深いブルー。
そして幻想的な文様と造形です。
アールヌーヴォーを代表するガラス工芸家、エミール・ガレによる、作品。
この作品は、「蜻蛉(トンボ)」の姿を作品に織り込んでいます。蜻蛉が2匹、寄り添うように飛んでいます。
1904年頃の作品。
2匹の蜻蛉、一匹はとても「実体的」ですが、よりそうようなもう一匹は、まるで「影」「分身」のようにも見えます。影のように寄り添う蜻蛉の頭の後ろには「後光」のようなものが輝いていて、この世のものとも違うような存在感を放っています。
蜻蛉を主題にした脚付杯は晩年のガレの代表するモデルのひとつです。一説には、白血病に冒されたガレが親しい友人たちに形見としてプレゼントするためにつくったものだと言われています。ほとんどのそれはベージュ系の地の色に蜻蛉の姿が映し出されたものであり、本作品のように「青い地の蜻蛉」は非常に珍しく、他に例を見ません。
『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』
「科学の時代」に突入しはじめた19世紀末、ガレもまた私たちと同じように、生命の神秘を感じ、その問いを生涯をかけて追求し、想いを作品に託しました。
青いガラスの中の2匹の蜻蛉は、いまもなお『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という問いに答えを出せないわたしたちに、水の中、大空を自由に泳ぎ、飛びまわる蜻蛉の自由な姿をとおして、人生の業とニヒルと同時に、懸命にいきる人間の姿の尊さを見せてくれています。
シャルル・マルタン・エミール・ガレ(1846年5月4日 – 1904年9月23日)は、アールヌーヴォーを代表するフランスのガラス工芸家です。また陶器や家具などのデザイン・アートディレクターも手掛け、父親から継いだガラス工芸・陶器・家具工場の「ガレ社」を経営する企業経営者でもありました。
ガラスの花瓶や壺、鉢や杯といった限られた空間の中で、大自然の風物と生命の営みをアールヌーヴォーに代表される装飾美と共に詩情豊かに謳い上げた作風が広く知られ、その作品の芸術性の高さは、その後のガラス工芸に及ぼした影響も大きく、今日も世界的に大きく評価されています。
また、工芸の改革者であると同時に詩や音楽に親しみ、植物の栽培や採集を通じて自然を学び、その謎を問い続けた植物学者でもありました。祖国への愛と社会正義の理想を胸に、花々や生き物たちの命の輝きとその神秘を作品に刻み続けたガレ。
一方で、アールヌーヴォー隆盛以前に持てはやされたジャポニズムや異国趣味、歴史主義などに則った作品も作り続け、新しもの好みの顧客も古いもの好みの顧客も両方大事にする経営者としてのバランスもとれた人物と言えます。
[出典]ヤマザキマザック美術館